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快適装備<快楽装備2008年06月01日 21時17分56秒

先日公言の『昔話』でゴザイマス。

ワタシたちが若かりし頃はそもそも、窓なんざハンドル廻して開け閉めするモノでしたし、ステアリングにアシストがつくコトも滅多に無く。(懐)
音声関係はラヂオのみ。お上のお達し(当時)にて交通情報が聞けるコトが必須だったため、ライン装着が必須だったと伺ったよーな。だからAMしか無いなんてのがザラ(ご承知の通り、交通情報はAM1620or1629デス)でしたので、聴くとか音響と云ったレベルには程遠いシロモノでした。
音楽が聴きたいなら、ダサい純正品ではなく、社外品を装けるしか手がナカッタ・・・

空調なんて暑きゃ窓開けりゃイインダ、厳冬期は服着てヒータ焚けばイインダ、熱源ならバルクヘッド向こうにアルじゃねぇの、なんてモノでした。

そう云えば、三河のオカネモチのクルマは大衆グレードのACはオプション扱いだったなァ。
事実、ワタシがハチロク買うときには『遅くなるから』と嘯いて、AC装着シませんでした。
本音のトコロはAC組むおカネが割けなかったダケでゴザイマス。(苦笑)
尤も、雨中の練習時に室内が曇ること以外は不都合を感じることも無く。>AC

★ナンデ?って?殆ど独りでコロがしておりましたからネ・・・(哀)

当時、AC組み込みで15太子が宙を舞ったような憶えがゴザイマシタ。
だったら機能向上が最優先とばかりに他のモノを組み込みシたワケですね。
何しろ、同乗者のコトなど考えんで宜しいワケですから。(失笑)

当時はLSD(クスリではナイヨ)/ショックアブソーバ/ブレーキパッドあたりをヤるだけで『劇的に』運動性が向上したモノでゴザイマシタ。ワタシもトーゼンの様にひと通りイタしたワケですね。
マフラは(競技)車検に通らなくなってしまうので、ヤめときました。

☆ハチロク(後期)はノーマルでもレッドゾーン直前まで回すとイイ音が出ましたので
☆敢えて替えるコトもなかろうと思ってオリマシタ。>マフラ

さてさて、ワタシたちが『運転デビュー』当時にお付き合いしてたクルマは・・・
ハチロクとか初代MR2(AW11)とかFFになったばかりのスターレット(EP71)とかDOHCが載り出した頃のシビック/CRX(AT/AS)とかがアップデイトで、ちょいと型遅れではKP(61)スターレット、B310サニー、27~71のレビン/トレノ(TE系)、FRジェミニ(PF60、オペルと車体共有してたアレ)、ランサーEXターボ(A175A)、といった、当時、何らかの競技カテゴリに参加シてた/デキる/デキたクルマばかりと『非常に偏って』オリマシタ。
それじゃ当時のACの扱いの件、参考にナランダロと仰せかもしれませんが、これら前述のクルマは皆ベーシックグレードにスープアップしたエンジンを搭載したモノであり、装備についてはほとんど変わらないか、場合(グレード)によっては割愛省略というものも多く(註)アリマシタ。

註)標準はシート表皮がファブリックだったのが、ビニル表皮なんてのもアリで。

80年代当時でも、高価格車でしたら『快適装備』は標準だったのかもしれませんが、ワタシたちはそーゆーのには無縁でアリ、また興味も無かったワケで。よって、手元に資料も然程残っておりません。

蛇足ながら、国産車以外もレンジ外でした。田舎では一般的で無かったコトもありますが、何より価格が・・・絶句モノでしたから。

で、目的地なんてどーでもイイのよ、とばかりに山道とかを疾走してマシタ。
それにはやはり小型軽量で無いとねぇ。

#テンロクの最盛期だったのでしょうねぇ。(懐)
#テクノロジ的には90年代が最盛期になりそうですが。

現代は峠を駆け回ると程度によってはボーソ-の扱いを受けますが、当時は未だユルかったのデスヨ。所謂『本家・ノーヘル集団行進・長モノ振り回し』の勢力が絶大だったため、当局が峠方面まで手が廻らなかったというのもあったのでしょう。少なくとも、ワタシの実家方面では。

☆旧き佳き時代哉。(爆笑)

燃料はソコソコ高かったです。レギュラー1Lがハイライト(煙草ですネ)一箱分相当でしたから。昨日までの市中価格とそれほど変わらない水準でしたねぇ。

★今日になったら十数円値上がりしてて、ビックリでしたが・・・>ガソリン